阪神淡路大震災

 

 日付は変わってしまいましたが、皆さんご存知の通り昨日1月17日は阪神淡路大震災のあった日。

 

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震災当時私は生まれていませんでしたが、この高速道路が横倒しになった写真や映像を初めて見たときの衝撃を今でも覚えています。

 

また、現在は土手やコの字型の橋脚を使用する為、1本脚の橋脚は見たことがありません。初めて見た時は、「あんなので支えてたんだ…」と、ただただ驚くばかりでした。

 

神戸市も有識者からの指摘があったにもかかわらず、耐震・免震の対策を怠ったことで6434人もの尊い命が奪われてしまったのです。

 

地震一つとっても、近年では東日本大震災、熊本地震など大きな災害が起こっています。これらの災害も、多くの死者や行方不明者を出しました。

 

東日本大震災津波👇

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熊本地震 道路崩落👇

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災害が起こった時、ニュースでは何人死亡、何人負傷と毎日のように報道されます。

 

阪神淡路大震災も6434人の死者を出しましたが、このニュースは6434人が一回無くなったニュースではないのです。

 

死亡ニュースが6434回なのです。

 

亡くなったひとりひとり様々な人生がありました。死亡と一つの言葉でまとめられがちですが、誰一人同じ死は無いのです。

 

 

このような大災害や事件事故が起こるたび、人の死について考えさせられます。

 

私は、母が葬儀の司会者のお仕事をしていた関係で、様々な方の人生の終わりに触れてきました。

 

病気で亡くなる方、事故で亡くなる方、自ら命を絶ってしまった方、乳幼児・青少年など若すぎる死

 

死を一つとっても様々です。

 

普段報道される死は、芸能人等でなければあまり深く報道されることがなく、亡くなった事実だけで終わりになることが多いです。

 

そのため、「また〜人死んだって」という会話を聞くことがあります。しかし、当事者にとってその死は人生を左右する大きな出来事なのです。

 

 

少し話は逸れますが、「事件は解決しても、被害は解決しない」というCMを皆さんはご存知でしょうか。

 

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CM👇

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ACジャパン HP👇

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今回の阪神淡路大震災とは少し異なりますが、家族が亡くなる又は甚大な被害を被る、表面上は解決したものの、心の傷は癒えぬまま長い年月が経ち、いつのまにか世間にはその事実さえも存在しなくなっている、という点は共通していると思います。

 

起こった事実は解決したとしても、当事者の心はまだまだ解決に至らないということです。

 

私も当事者であるためこの事は身を以て感じています。

 

 

私の母方の祖父は、母が10歳の時交通事故に巻き込まれ、亡くなりました。

 

脇見運転をしたトラックに正面衝突されたのです。

 

この事件の後、被疑者は交通刑務所へ入りましたが、数年で出所しています。裁判でも、無実を主張していたようです。

 

この事件からもう40年以上経ちますが、未だに祖父の話が上がる事はありますし、お彼岸お盆新年は必ず御墓参りに行く為、その度に事件は解決しても被害は解決しないんだと痛感します。

 

未だにどこか40年前で時間が止まっているのです。それは母や祖母・祖母に近い人を見ていると感じます。そして今祖父が生きていればおじいちゃんですが、母や祖母にとってはパパで止まっています。私にとってはおじいちゃんの為おじいちゃんと言ってくれますが、当の本人にとっては優しくて強いパパなのです。おじいちゃんになる前に亡くなった父親におじいちゃんと言うのが、とても苦しそうなのです。

 

今回私を例に出しましたが、これは事件事故・災害に巻き込まれた被害者全員に言える事です。

 

再出発を切っても、心のどこかで亡くなった日のこと、亡くなった人のことを思っているのです。

 

阪神淡路大震災から23年経ちましたが、当事者にとっては震災当時は昨日のような感覚だと思います。

 

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どうか皆さん、被害を風化させないでください。そして、人の死は1つとして同じものはないという事も、心の何処かに置いておいてください。人が一人亡くなることがどれだけ大きな事なのか、改めて考えてください。

 

これからの目標を持ちながらも夢半ばで亡くなる人もいます。その人自身は自分の夢は叶えることができませんが、その代わり命に代えて私達へメッセージを贈ってくれるのです。

 

そのメッセージをどうかご自身の人生において生かしてあげてください。それが亡くなった方へのご供養だと思います。

 

最後になりますが、阪神淡路大震災において亡くなった方へのご冥福をお祈り致します。