生きることに感謝
あの日からもう7年………
次第にメディアの報道も少なくなりましたね。
皆さん、今日が何の日かわかりますか?
8年前の今日、多数の死傷者を出した東日本大震災の日です。
この津波に幾人の人々が飲み込まれたのでしょう。
夢半ばで命を絶たれた人
守るものがあった人
未来ある子供たち
余生を楽しみにしていた人
沢山の思いを抱いた方がこの震災で命を落として行きました
亡くなった方の境遇は様々ですが、まだやり残したこともあったはずです
まだ行きたい場所もあったはずです
そんな中、志半ばでこの東日本大震災に巻き込まれてしまったのです。
亡くなった方々はやるせない気持ちでいっぱいだったでしょう
ご遺族もやりきれない気持ちでいっぱいのはずです。
そんな震災に遭遇しながらも幸い生き残る事の出来た人、震災に遭遇せずに済んだ人にはこれから何ができるのでしょうか
普段生きている中で生死について考える機会はそれほど多くはありません。
しかし、今回の東日本大震災のような大災害を振り返る度、自身の生き方・物の考え方について考えさせられます。
私は普段物事をくよくよ考えてしまうタイプです。
「なんであの時ああしなかったんだろう」、「あの時ああしておけばこんな事にならなかったのに」とついつい後ろを向いてしまうのです。
そんなことしていても前に進めないとわかっていながらも、いざ落ち込むとくよくよしてしまいがちです。
しかし、よくよく考えるとくよくよする余裕があるうちは、まだ未来があるということなのだと気づきました。
それに気づかせてくれたのは、この東日本大震災です。
震災当時私は中学生でしたが、同世代の子供も多く亡くなっている現状を目の当たりにすると、「もしこれが自分に降りかかってきたら」と恐怖感に襲われたのを覚えています。
また、やりたいことも沢山あったであろう自分と同世代の子供たちが無念にも亡くなっている事を知ってから、「今日一日で人生が終わっても後悔しないか?」と考えるようになりました。
普段生きていると、明日が来るのが当たり前のようになりますね。
普通にご飯を食べて、普通に寝て、起きたら次の日
しかし、明日まで生きる事が出来るのは奇跡なのです。
寝て翌日起きて普通に生活できる
こんな素晴らしいことはありません
生きたくても生きる事が出来ない人がいる中で、将来について考え・悩み・もがく選択肢を与えられているこのありがたみ
世間ではこれは苦しみの一環と捉えられがちですが、このような環境に身を置けるのであれば、その場でしっかり根を張ってベストを尽くすことが大事なのです。
「一日一生」
これは、「今日一日を自分の一生の最後の日だと思って、大切に精一杯、一日を生きる」という意味です。
今目標を見失っている方、この言葉を頭の片隅に置いておいて下さい。
すぐに結果が出ないかもしれません。しかし、努力した事そのものに大きな価値があるのです。
毎日毎日を一日一生の精神で生きて行けば、その努力は必ず身を結びます。
生きたくても生きる事の出来なかった人の分まで、一日一生の精神で生きてあげてください。
それが東日本大震災で亡くなった方への供養です。
私も日々、この一日一生の精神で生きて行きます。
そして最後に、東日本大震災で亡くなった皆様へご冥福をお祈り致します。