まわり道
人生は十人十色
誰一人として同じ人生はありません。
多くの方と接していると、人それぞれのバックボーンに驚く事もしばしばです。
成長するときもあれば、立ち止まる時もありますね。道を誤って、外れてしまう事だってあります。
理想と現実とのギャップに葛藤することだってあります。私自身、悩み過ぎて生きる事への希望を失いかけてしまったことがありました。
苦労ばかりで自分は置いていかれているかもしれない
いいな、あの子は。自分はまわり道ばっかり。
という思いに苛まれている方もいらっしゃいますよね?
経験がないが故に、どうしても壁にぶつかってしまうことは少なからずあるのです。
でも、私はまわり道しても良いと思っています。むしろ、まわり道して初めて気付くことだって沢山ありますし、渦中から抜け出す事で冷静になる事が出来たりもします。
私は思春期以降父親との関係に問題を抱えています。私の父親は思想に少々問題があり家族を罵倒したり、常に人を馬鹿にする態度で接してきました。
そこで掛けられた言葉が思春期の私には大きなダメージとなり、自身の存在する意味が無いと思い込んでしまったのです。それにより希死念慮に苛まれた事もあります。
しかし当時の私には将来の夢があり、その夢を叶えたいと云う気持ちも持っていたため、死にたい気持ちと前に進みたい気持ちが交錯し、悪循環となってしまったのです。
結局その後将来の夢を諦め、仕事に就く事になったのですが、ここにも影響が及びます。
仕事前にフラッシュバックを起こし倒れてしまう事が数回あり、退職に追い込まれたのです。
私はこの時、もう生きていられないと思いました。
正直腐りそうにもなりましたし、一旦収まりかけていた希死念慮が再び湧き上がってきたのです。
苦労していない人間が成功し、何度も苦難に喘ぐ人間がなぜここまで苦しまなければならないのか。
どうせこんなんなら悪い事してでも楽に生きたい。そう考えてしまう自分がいました。
しかし困難を乗り越え落ち着くたび、要領が悪い・不器用と言われたとしても実直に生きている事は死ぬとき後悔しない生き方になるんだろうなと感じます。
財産も権限も何もなくなって死ぬときに残るのは真の人間性しかありません。
私は死ぬ時悪い事をして稼いだ財産が残るのなら、例え貧乏であったとしてもまっすぐ実直に生きて、貧乏ながらも幸せだったと言える方が断然良いと考えています。
もし今何か失敗して悩んでいるのならば、あえて急がず落ち着くまでゆっくりしてから再スタートでもいいのではないでしょうか。
今を急ぐあまり悪い考えをしてしまうのなら本末転倒ですし、ご自身の心に悪い種を撒いてしまっているようなものです。
その悪い種が老いた時に後悔する悪い実となってしまいます。
真面目な方程焦りやすい傾向にありますが、再スタートは思った時から切る事が出来るのです。
頑張ろうと心から思えた時にスタートすればいいのです。
そう、まわり道は全く悪いことではありません。
失敗は成功の母というように、失敗・挫折を経験した方にしかわからないことは沢山ありますし、その失敗・挫折を踏み台にして次の大きなステージに入ることだってできるのです。
苦しいときは立ち止まって休憩してください。
ゆっくり着実に歩みを進める亀で良いのです。
休み休みでも一歩を進める事が出来れば十分です
その歩みをきちんと見てくれている方はどこかにいます………
肩の力を抜いて前を向けるといいですね